菊水通信

【日文研eye】明治・大正に綴られた文化人によるレシピ本を紐解く

自然界では寒くなる冬に備え、様々な食材が自らに栄養をたっぷりと蓄えて美味しくなる季節。いわゆる旬の時期は食材が美味しくなるだけでなく、含まれる栄養素がぐっと増える、私達にはとても有難い季節といえるでしょう。

食が大きな関心事であるのは今も昔も変わらないこと。約100年前の明治や大正時代にも現代と同じように、食に一家言ある文化人が居て、いまでいう旬のレシピ本なども多く出版されました。日文研には、往時の食をめぐる風景がしのばれる文献を多く所蔵しています。その中から何冊か紐解いてみましょう。

久保田米遷著「年中総菜料理」(明治40年発行)

久保田米遷著『年中惣菜料理』(明治40(1907)年発行) 明治の日本画家であり、画報記者でもあった久保田米遷(18252-1906)が記した1年365日、日付ごとに朝昼晩の献立集です。その数1000食分あまり!よく書いたものです。

例えば10月1日の献立をみてみましょうか。

あさ:白豆腐餡かけ汁。焼松茸柚子酢かけ、新大根浅漬、辣韭(らっきょう)
ひる:小豆飯、鯛照焼、八丁味噌汁 錦糸玉子入 口柚子、奈良漬、塩押茄子
ばん:一塩鯖刺身 卸大根、椀 剥き海老 松茸 口柚子、ずいき膾、辛子漬

旬のものであり且つ豪華な食材を調理した、なんとも贅沢なメニューばかりです。こういった献立の列挙に加えて、いくつかの献立の作り方、また毎月1日の欄にはその月にちなんだ与謝蕪村などの句や季節の食材についてのエッセーが記されています。

また久保田の息子たちによる画や挿絵も多くあり、読み応え見応えたっぷりです。この充実した文化的な内容は単なる料理本のカテゴリーに収まりません。
さしずめ、グルメで教養ある文化人による、旬の食をテーマに日本の自然の豊かさを謳う1冊!といったところでしょうか。

 

同じく1年365日の献立を記した料理本なるも、久保田のものとは大分毛色の違う一冊をご紹介しましょう。『奥様 御三(おさん)どん 毎日のおかず 衛生と便利』(明治40(1907)年発行)です。こちらは前書きがふるっています。

「奥様御三どん 毎日の惣菜 衛生と便利」(明治40年発行)

「本書の発行に就いて」
一、お台所を御支配なさる主婦(おかみ)さんたちが、毎日おかまどの前に起(た)って、今日のおかずは何にしたものだろーかと、御配になる時に、この書(ほん)を開いて其(その)日付のところを御覧になりますと、ハァーンこれにしましょーと、御思案がつきます。

一、さればこの書はキツとお台所の、勝手よい所におく必要があります。

一、この書の巻末(おしまい)に「おかずの仕方」を添へておきました。これは皆さんのご参考までです。(以上原文まま)

今日の食事なににしようかと頭を悩ます奥様へのおすすめメニュー(巻末レシピ付)といったところでしょうか。こちらは朝昼晩の献立ではなく、この時期ならこの食材をこう調理してはいかが?といった示し方です。
同じ日付、10月1日の献立を見てみましょう。鮗(コノシロ)の焼き物、大根と鶏肉とこんにゃくの炒り煮、ずいき浸しもの等々が紹介されています。旬の食材を用いているのは同じですが、「年中惣菜料理」と比べるとぐんっと庶民的、実用的な料理本のようです。
いつの時代も食事を作る人が「今日なにしようかなぁ」と献立に悩み、プロの提案を頼りにするのは同じなのですね。こういう本を見ながら、明治の人たちはレパートリーを増やしていったのかしら…。なんだかとても親近感を覚える楽しい資料です。この2冊、発行が明治40年と同じ年なのも興味深いですよね。

続いては

「日用実典 食合いろは図解」(大正3年発行)

『日用実典 食い合わせ いろは図解』(大正3(1913)年発行)をご紹介します。一緒に食べると取り合わせの悪い食材の組合せ、つまり食い合わせの悪いものを「いろは…」順で示した本です。食い合わせも古い伝承で、今は科学的根拠に乏しいものも多いことを最初にお断りしつつ、この資料の内容をみていきましょう。

○梅 鰻は腹痛起ル 梅干しと鰻を一緒に食べてはいけない、とこれは聞いた事あるという方も多いのではありませんか?でも実際には腹痛を起こす根拠などはなく、今では逆に梅干しが鰻の消化を助ける働きも期待できると言われているのだとか。

○豚ト田螺(タニシ)ヲ同食スレバ眉毛ガ脱(ヌケ)ル 田螺は湯がいたり味噌煮にして食べる地方もありますが、豚肉と一緒に食べると眉毛が抜けるとは!この食べ合わせによりなにがしかの化学変化が起きて脱毛の成分が出来るのか? 抜けるのは眉毛だけなのか? たくさんの?が頭に浮かび、ちょっと笑ってしまいました。

食にとどまらず家相の吉凶や易術の秘伝などまでが書かれている

このように本のタイトル通りに食い合わせの悪いものの紹介のほか、お灸の心得、具合の悪いときに取るべき食材、家相の吉凶や易術の秘伝などまでが書かれているこの本、現代の私達からするとちょっと怪しい感じがしますが、広い意味での往時の長寿・健康ムック本といったところでしょうか。

大正3(1914)年の発行、20世紀初頭でもまだこのような伝承や口伝のものが信じられていたのか、とその後の現代までの短い期間に起こった科学や医学の進歩に目を見張る思いがします。

お灸をするときの心得歌?!

いま私達が楽しんでいる食や信じている常識も、これから100年後には変わってしまうのでしょうか?食材や調理法、好まれるメニューなどは全く別のものになっているかもしれませんが、美味しいものを食べること自体は、これまでもこの先もずっと人類の大きな愉しみであり続けるように思います。100年後の食の世界をみることはかないませんが、今年の秋冬は、旬の食を美味しいお酒とともに楽しむ喜びを満喫することといたしましょう。

発行:菊水日本酒文化研究所
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