菊水通信

2020年09月28日

夏過ぎて、虫の音聞けば うるわしき、菊見月見のひやおろし

厳しい暑さも幾分やわらぎ、朝夕は涼しさも感じられるようになってきた。公園を歩くと、喧しかったセミの声に代わって、草むらの中から心地いい虫の音が響いてくる。マスクをつけて過ごした前代未聞の夏。しかも今年の気温は容赦なかったので、ようやくひと夏越えた、乗り切ったという思いだ。   秋のはしり。日本酒の世界では、まず9月9日にイベントがあった。この日は、今日から『ひやおろし』を出荷していいという解禁日だったのだ。 『ひやおろし』とは、漢字で書くと『冷や卸し』。以前、生酒をテーマにした記事でも触れたが、通常、日本酒は出荷前に火入れを行なって品質を保つ。しかし江戸時代に、夏の盛りが過ぎて、外気と貯蔵樽の酒の温度が同じくらいになると、火入れをせずに冷やのまま出荷したことから『ひやおろし』という言葉が生まれた。   ひと夏の熟成を経た『ひやおろし』は、新酒の荒々しさが消え、味に丸みと深みがある。『菊水の純米酒』や『菊水の辛口』などは、出荷前に火入れをしていないので、製法としてはじつは『ひやおろし』なのだ。しかし冬に仕込み、春から夏に貯蔵熟成させ、9月9日以降に出荷するものを特別に『ひやおろし』と呼んでいる。   ではなぜ、9月9日なのか。実際はまだ残暑が厳しい時期なのだが、旧暦の九月九日が特別な日であったことから決められた。逆に言えば、まだ暑いのに火入れしないで出荷できるほど酒造技術が進歩したというわけでもある。   旧暦九月九日は、中国の重陽の節句。9という奇数で一番大きい数字が2つ重なることから、古くから大変めでたい日とされてきた。その風習が平安時代に伝来し、宮廷の儀式として定着。貴族たちが、まだ珍しかった大輪の菊を眺めながら詩歌などを詠み、健康を祝い、長寿を祈るようになったのだとか。 やがて重陽の節句は庶民の間にも広まっていく。江戸時代には、人々は薬効があるとされる菊の花びらを酒に浸した菊酒を酌み交わして邪気を払った。菊のできばえを競うコンクール『菊合わせ』が催されるようになったのもこのころから。重陽の節句は、別名・菊の節句とも言われる。   それにしても旧暦と新暦とでは、かなりギャップがある。約ひと月ずれるから、本来の重陽の節句は秋が深まるころの行事だったはずだ。9月9日では、菊はまだ咲きはじめだろう。新暦は毎年固定でわかりやすいが、このような違和感をおぼえることもある。とはいえ旧暦を何かの固定日にすると、毎年違う日になってしまって、それはそれで実際の季節感と合わなくなってしまうけど。   そこへいくと、とってもわかりやすくて納得なのが、月にまつわるイベントだ。moon、空に浮かぶ月のこと。そして、秋の月と言えば『中秋の名月』である。ちなみに旧暦では、七月八月九月が秋。ひと月の日数は29日か30日なので、八月十五日が中秋となる。   というわけで、中秋の名月は、旧暦八月十五日に固定されている。そもそも旧暦は月の満ち欠け周期をベースにしてつくられているので、現実とばっちり対応していて、こればかりは新暦に置き換えて固定することができない。毎年、旧暦八月十五日は満月か満月にほぼ近い丸い月が昇るのである。   今年2020年の中秋は、新暦で言えば10月1日(木)だ。東京での月の出は、17時28分。南中するのは、23時26分。まん丸には至らず、月齢は13.7。翌2日が満月で、中秋ではなく『仲秋の名月』と記されている場合は、この旧暦八月の満月を指す。   中秋にしても仲秋にしても、夜空にぽっかりと大きな月が浮かぶのは変わりない。ここはひとつ月見酒といこうではないか。もうそんなに暑くもないだろう。庭や軒先にテーブルを持ち出して、ススキなど飾り、丸いお月様を愛でながら、これまたま〜るい味わいの『ひやおろし』をいただきたい。菊の花びらを浮かべてね。     じつは10月1日は、日本酒造組合中央会が定める『日本酒の日』でもある。その由来には2説あって、ひとつは新しい年度の酒造がはじまる時期だからというもの。もうひとつは10月を十二支で表すと『酉』であり、この字が酒壺や酒そのものを意味しているからというもの。しかしそんなことよりも(と言っては失礼だけど)、驚くべきは、今年は中秋の名月と日本酒の日がぴったり一致していることだ!   こんなこと、めったにないだろう。と、国立天文台のサイトで調べてみたら、1991年から2030年の40年間で、中秋の名月が10月1日なのは2001年と2020年の2回しかなかった。これはすごいことですよ。もうぜったい月見酒しかないのである。   <参考文献> 酒道・酒席歳時記 著/國府田宏行 発行/菊水日本酒文化研究所 酒の日本文化 著/神埼宣武 発行/角川ソフィア文庫      

2019年12月06日

菊水の辛口が飲める、常連になりたいお店をご紹介。新橋「雪國」

200軒ほどの酒場がひしめく新橋は、サラリーマンのオアシスなんて言われている。 そんな路地裏の一角にある居酒屋「雪国」は、昭和55年7月7日、七夕に産声をあげた。それも「菊水の辛口」が誕生した2年後のことである。 藍染に白抜き、雪山がモチーフにされた小ぶりな暖簾をくぐると、店内はいい具合に狭小でカウンター9席のみ。店を切り盛りする女将、石黒千賀子さんの人柄に吸い寄せられるように、毎夜サラリーマン、OLが集い賑わっている。 お勧めの肴は「鯵の甘酢煮」、季節の「自家製カツオのたたき」、「キャベツとコンビーフ炒め」など。酒は各種揃えているが、なんと言っても店の看板に掲げられた「菊水の辛口」がメインだ。 「開店したばかりのころですね、新潟の姉から『新発田の菊水が金賞を取って人気があるらしいわよ』って聞いたものだから。それで扱うようになったんですよ」 「と言うことは、開店から38年間ず~っと菊水の辛口置いてるんですね。ちょっと一杯いただけますか」 「どうぞ。5時から6時半までタイムサービスなんですよ」 一杯500円の「菊水の辛口」が、その時間帯だけ破格の300円で提供されている。いや~飲み助にはありがたい。 「タイムサービスで6、7杯飲む人いるんですよ…」 「そりゃ凄い!」 冷え冷えのグラスでクイっと一杯、キリっと辛口でほどよい旨味。「鯵の甘酢煮」をいただきながら、また一杯。 「やっぱ美味しいな~」 「このお酒、飲みやすいのは当たり前なんですけど、料理の味を邪魔しないんですよね」 確かに。キレのある口当たりだけど、スッキリとし過ぎない味わいがどんな料理にも合うのだろう。甘口、または淡麗が際立つと途中で飲み飽きてくるけど、この酒はほどよい旨味も手伝って、いつまでも飲み続けることが出来るのだ。 「カツオのたたきもどうぞ」 カツオに薬味をタップリ乗せてカブリつく。 「菊水おかわりください」 「ね、進むでしょう」 「菊水の辛口」は突き抜けた個性があるお酒じゃない。でもどんな場面でもいつでも安心して飲める普遍的な味わいが潜んでいる。これが日本酒党に長年愛され続ける最大の理由だろう。 「3杯目おかわりします?」 「はいお願いします。ついつい飲んじゃいますね」 開店から38年という「雪国」の営みは、新橋にどっしりと根を下ろした燻し銀の趣がある。 女将の人柄、旨い肴と旨い日本酒は、穏やかに心身を癒してゆく。 「もう一杯いただけますか」 「あら4杯目、お強いですね」 酔いに任せてダラダラと時間を貪る、これが酒場の至福のひとときだ。 取材日:2018年6月21日   新橋「雪國」 【住所】東京都港区新橋2-10-9  【電話】 03-3508-9867 【営業】17時~23時(L.O.22時30分) 【休日】土・日・祝 【アクセス】JR各線「新橋駅」銀座口・烏森口から徒歩3分   取材・文/小野員裕   元祖 新潟の辛口酒 菊水の辛口