菊水通信

庭匠 田中泰阿弥が手掛けた『菊水庭園』

菊水が蔵を構える新発田市は、越後平野(新潟平野)の北部に位置し、中世にはこの地を流れる新発田川の流域にその水運を生かして城が築かれました。

江戸時代には十万石の城下町として栄え、武家町・町人町・寺町などの特徴的な町が形成されました。現在も城下町当時の区割りや道、歴史的建造物など、かつての姿をまちの随所に見ることができます。

ご紹介したいのは「清水園」、近江八景を取り入れた回遊式庭園です。中央には草書体の「水」の字をかたどった池が配置されており、池の周囲には五つの茶室が点在しています。その凛とした美しい佇まいと歴史的観点より2003年に国の名勝に指定されました。

清水園は江戸時代に幕府茶道方の縣宗知の指南により築造されましたが、昭和20年代に荒廃した同園を田中泰阿弥が修復しました。
田中泰阿弥は銀閣寺の清泉の石組の発掘復元をはじめ全国各地の寺院や名園を手掛け、孤高の庭匠と呼ばれた人物です。
池泉と一体になり景観に溶け込む5つの茶室を建立、京都から運んだ石を配し、古い記録と聞き込みに基づいて丹念に修復した結果、他に比をみない名園となりました。現在高い評価を得ている清水園の作庭は、そのほとんどが田中泰阿弥の再生作業の賜物と言えるでしょう。城下町新発田ならではの歴史ある庭園、新発田の誇りです。

旧新発田藩下屋敷庭園 清水園
http://hoppou-bunka.com/shimizuen/ennai.html

 

さて。菊水では平成最後の秋に敷地内庭園の一般公開をはじめました。
菊水酒造の創業家・高澤家の邸宅庭園として1969年に造られたもので、実は前述の清水園を手掛けた田中泰阿弥氏の手による庭なのです。

  造園当時の様子。右奥が庭匠 田中泰阿弥

 

こちらは、水を用いずに石の組み合わせや地形の高低などによって山水の景色を表現する枯山水庭園ですが、庭全体では池泉回遊式庭園の形式であり、中央に枯山水の手法で表現された池が配置されて、言うなれば池泉回遊式と枯山水が絶妙に組み合わされた風情ある庭園です。

田中泰阿弥の作庭では枯山水は珍しいのだそうです。菊水酒造には、1966,7年に続けて大水害に見舞われ現在の地に移転を余儀なくされた苦難の歴史があり、もしかしたらその悲劇を知る田中泰阿弥氏は蔵元への配慮から水を用いない枯山水を取り入れたのかもしれません。

大小の石を組み合わせて水の流れを表現

 

石は菊水の近くを流れる加治川など各地を歩きまわった中で、この庭に合うものを集めてきたそうで、中央奥の石組は滝を、そこからの流れは加治川をイメージしているようです。
また、田中泰阿弥氏の庭園は苔が美しいことで有名ですが、高澤家の庭園も枯池の周辺に杉苔が張り巡らされ、瑞々しい緑色が広い庭を覆っています。

完成から今年でちょうど50年。木々は大きく成長し春から夏は鮮やかな緑が、秋には真っ赤に染まった紅葉が庭を彩ります。そして冬は雪景色と四季折々の楽しみ方があります。

飛び石に沿って歩き木々を愛でながらぐるり一周、風景に癒されるもよし、静かに枯山水を眺め精神世界や作り手の心象風景に思いを馳せるもよし。

現在は、蔵見学を中止しているため庭園の公開も中止していますが、再開した折には、ぜひ日本庭園の奥深さを体験しにいらしてください。

菊水庭園

 

菊水酒造蔵見学のご案内
https://www.kikusui-sake.com/home/jp/labo/